2016年03月25日

出たらめの記(1915)における「兀」って何……?

 「出たらめの記」は、大正四年(1915)に出版された。
 著者は矢野龍渓。
 以前も少し取り上げたけれど、盤双六について書かれている箇所がある。
 
 近代デジタルライブラリー:出たらめの記(雙六の博来)
 関連記事:『出たらめの記』における雙六の紹介
 
 
 今回、ふと読み直してみたら、こういうことが書かれている。

 
 今の若き人々は真双六【ほんすごろく】の何物なるやを知らぬ者さへ多し、此の双六は、以前大名の奥向、武家方杯には古くより行われたるもにして、其法は、雙六盤あり、二人相対して勝を競ふこと、碁又は将棋の如し、局の上に、雙方各々十五の黒白の石を有し、骰は二箇あり、目に依って、我石が敵陣より早く味方の陣に入り来るを競ふを大則とす、其間に敵に切らるるあり敵を切るあり、蒸と称ふるあり、兀と称するあり、予の郷里などにては、予の少年時迄、年頭には武家屋敷にて、中々はづみたるものにて、今も尚ほ之を弄び居るならむ。
 
 
 「蒸」はわかる。無地(蒸し)勝ちのこと。
 じゃあ……「兀(はげ)」って何……?
 
 また、盤双六にわからない単語が出てきちゃったよ……。
 兀勝ち……?
 
 
 
 ちなみに、wikipediaの矢野龍渓を読むと、「豊後国(現在の大分県)に、佐伯藩(毛利家)の藩士・矢野光儀の長男として生まれる。」とある。
 幼少の頃遊んでいた、ってことは、其の頃の大分県には盤双六はあったらしい。
 
 
 
 
 
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2014年12月03日

『双六書』・その5

一 おくれのあひしらい事敵おくれを打とてはを出さハ先散に取へし其後本のまゝふたいハ重六のきおひをもつてあひしらふてうたは打ぬかるゝ事なし其打様ニ敵をハ散々ニ取へし扨敵の石をこめて後ニ我か前のニ地三地四地うちよからむとすへし先六地五地なとを作ぬれハ重而石の下て打にくきなり縦重一打たり共すへからす片一斗内たてへし我一も石つよくを其手ニあらせん故也さて敵の石の六と出る所ニ我石を打向て敵にとられ返し返しすれハしせんと敵の石くたる也敵の石つからかして後我前のうちの五地四地外の六地なとをたて敵とらすハ引て合すへし少のおくれたり共かゝりたによくハ必勝也敵とらハ幾度も石を返すへし敵の前一地ニ地四地ハ上一地ニ地三地は中二五地は下是を取て六地若ハ五地ヲ取ておりはを取りて勝へし敵の石六七時やうに随て我石をわりて敵のはをとく出すやうニやるへしよくよくみはからふへしわろき石をハ兼而よりたゝ二ニなして置へしおほくかさねぬれハわられさる也何おくれお打とも敵わろくあいしらい候ハきおひとならむおもいをなすへし敵打ぬきになる也但三のおくれをハなすへし故ハおくれハ三番ニ一番勝也一ハ七番ニ一番勝と云也



 この項目長い……。

 「扨」は「さて」。
 「随て」は「したがって」。
 「兼而」は「かねて」。
 「但」は「ただし」

 「おくれ」のことが書いてあるようなんだけれど、内容がわからない……。


一 けにきおひと打ハ両方より懸出ていくさをするニことならす是ハはせ引のいくさと云也はせ引のいくさのことく敵の石のよくふまえたる所を我石ヲ仕て六共五共入様にして出してからくりて作て勝へし心みしかくして人におくれうたれてハ負也ともかくもせられぬおくれの事一色の石をみなとらんとすへし我にも手石あまた取ぬれハ其間ニ入ておくるゝ事あるへし



 「懸出て」は「かけ出て」……?
 「いくさをするニ」の「いくさ」とは何?
 「はせ引のいくさ」って何? いくさが戦術だとしたら、「懸出ていくさをする」がランニングゲームで、「はせ引のいくさ」がバックゲームとか?


一 我きおいてきる事敵の前には有て石ニ合目すくなくハきるへしはなけれハ四地五地あきたらハ切へし只きれハ番ことにあるへしとくきれははも何たらす縦さいわろくてはをあてたらハおりて打ぬきて又敵の前も目ことにはハあたりぬれ共取て合目不可有さいにまかせてうてハ若ハてうを打事も有惣而切へき所をきらされハわるき手にてあらすとも番のうちにてうの目不来



 「只」は「ただ」。
 「若」は「若し」で「もし」……?
 今までもよく出てきたけれど「きる」とか「切る」は、盤双六用語で「ヒットする」の意味。
 

 「切へき所をきらされハわるき手にてあらすとも番のうちにてうの目不来」は、「ヒットすべき所をヒットしないでいると、悪手でなくても、次の番でいい目が出ない」って書かれているっぽい。「てうの目」の意味がわからず適当に訳しているので、実は違うかもしれないけれど。


一 双六を各めきおひとうたハはんハ切れ切れニさかりてハさいにまかせよおくれとみてハ石をとゝめよ留られすハくりこして是よくよく心得へし



一 双六ニ秘密口伝下 一夫双六打時無心之思ひ有雖然せんを取ていわハ打時いくさにかた取我きおひて打時ハ我家を出て敵の陣所によすると思ふへし又我おくれを打時ハ要害をかまへて敵ヲ待と思ふへしおくれニは多クとりたらハよする敵をしたかへて又敵のたてへよする思ひをなしてきおいと打へし我おくれてはをあまたとられてあらハ我一せいの皆みたれ思ひをなすへし弥々ちやうくわくを兼て入敵ハ多せいふせいニよるへしおくれをハ無勢きおいをハ多せいにたとへ物也陣にハこもらすして懸出て多せいニ懸合散々たかくのことしおくれ見案して地をきおひとうたんともかわれまくる是にたかはぬなりおくれヲきおいとうたんとすれハ敵は高目を打我ハ小目打又ハ敵ハてうを打事たかわすうたかいなしたとへハ有とも必はをはつすへし



一 小おくれ大おくれ地を取ニおくれたらハ一地三地斗をもとるへし重一おくれたれハ四一一ニかけハはの有也敵のなる事有へしはの出るをくミとめされハすかわれてまくる也



一 我きおいと打共敵の前三地にても四地にても我か石一つを置くへし鬼石とハ是也我石可渡かゝりになりたらハ鬼石をとくにけへしてき一からめニせられしのために鬼石を敵の前ニ無相作へし



一 我かおくれたれとも負はんはもある間敷かゝりならハとてもはをたのミて引おしへしおうハ三利と云り若やと敵のはを待とも敵きおいにこそはも不出しへたけてやかて出んおもひをなして片おくれニ打やふれてうより合て打ものにて勝負をするニことならす我おくれを打時敵に置ぬかれてきおいにもなくおくれにもなくまくる事あるへし我打ぬかされさるやうニよくすへきおもひをなすへし我よくなりぬる地を無相はなれてさす事なかれ見はからふへし五一四一をハ字をわりてかけ六地の石をさかるへしかた六とかけは五地のはあたらす四一ニ入五一ニかけてハかきめなきなり




■ まとめ

 これで『双六書』の翻刻を全部写し終えた。
 当時の盤双六の戦術が書かれているようなので、すごく面白いし、貴重な資料なんだろうけれど、古文の知識が少ないので、意味を完全に誤解して捉えているところもあるんだろうなあ……と思ったりも。

 資料を送ってくださった草場純さんに感謝です。


 
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2014年11月30日

『双六書』・その四

一 敵二六三六四六五六と打て六をさしてよのめを引たらハとるへし其外何六ならハよのめをさして六をかけへし重三四二まても引てかけへしか様二打されハ敵次筒ニ吉さい多ク打なりかぬれハ皆薄ともかけへし是のみならす敵目を引たり共我長クさしてあたらハかけへし敵何六とさし引たり共長クさしてあたらすハいつまても引かけへしましてたゝ一くみてあたらんおや


 敵が「26」「36」「46」「56」を出して「6の目をさし」て、余(よ)の目を「引いた」時のお話が書かれているっぽい。
 ここから推測できるのは、「さす」と「引く」は違うということ。
 バックギャモンのルールとノウハウを踏まえると、「6」を「26」などの6絡みの手の序盤は、バックマンを割って7ポイントに進め、もう一枚を13ポイントから降ろすことが多い。

 ……と考えると、『双六書』で使われている「引く」は、バックマンの進行方向から考えてマイナスの方に進む……つまり、12ポイントから1ポイントまでに折り返して来る駒を動かすときに使う言葉なのかなあ……と感じた。
 そう思って過去の「引」が登場する箇所を読んでみると、それなりに意味が通る。
 本当にあたっているかは不明だけれど、ひとまずこれで読んで見る。
 間違ってそうなら、後日修正。


 あと、前回悩んだ其外は普通の単語で、「そのほか」かも。
 「何六」は、「何かと6の目が出た場合」のことだと思う。


一 我そとの三地とくみたるハ重五を打ても五地へすゆる事あらしはを弐つ引へし


 ……5ゾロの話なんだと思う。
 8ポイントの2枚を三地(3ポイント)に置くよりも、13ポイントの2枚を「弐つ引く」=2枚降ろすってことなのかな?(言葉の意味はわからないけれど、バックギャモンのセオリーを踏まえて強引に意味を当てはめるとそうなのかも、という話なので間違っている可能性も極めて高い)


一 我か四を引たる時又四一を打てハ一をハさして四を引合すへし作れぬハ打時をくわられすきおひに打もなし何様ニもわろきなり


 4の目がからむ時の話だと思う。
 4を出したあとに、更に「41」を出せば、1を「ハさし」て、4を「引合」すと良いのだそうだ。

 と、なると。
 1を6ポイントから一枚降ろし、4の方でその上に乗っけてブロックを作ると良いよ! ってことだと思われる。つまり、「ハさす」は「端さす」で「端石にする」だと思われる。その上で、「引合」は「引き合わす」か、あるいは「マイナスの進行方向に進めて石を乗っける」ことだと思う。


 「引く」は現在のバックギャモンでも使える時がありそう。例えば、「この3どうする?」「おれなら引くなあ」(バックマンなどをすすめるのではなく、マイナス方向に進めるよう駒を動かすの意味)で、一発で会話が成り立つ場合があるだろうし。


一 我引たる石の次の筒ニ合されハとて其石を助とて我か前へさしたる敵のはをかけて石を返す事あらし石一つをたすけんかためにおくれて惣而まけ有ニなす事浅間敷事也助かたき石石をすつるニハしかし打置ぬれハ引合る事も作事も有へし我石の一つかへりぬれハ三筒のおくれなるへし


 「浅間敷事也」は「あさましきことです」だと思う。

 「我石の一つかへりぬれハ三筒のおくれなるへし」は、「自分の石が一つヒットされると、合計三回分降るくらいの遅れになるよ」ってことかな? この項目が「引く石」の話だから、たしかにそんなものだと思う。


一 地をハ大おくれにニ取なから入はを取ぬれハつのりて必負也片おくれより外ハは入はを取へからす




一 おくれ打へき事必おくれはしめへからす雖然敵高目を打我小目を打なり手石なとをとられたハ五地の石皆おり我三地の石をさしわりて片一とかくへし多クの羽おくれとて一地三地五地を取れ敵の石みな入たらハ五地の石を軈さしわりて片一とかくへし又一地二地をは取へしニ地の小おくれとハ是を云也高の羽ニなりぬれハ勝事必はつれすなり



 「雖」は「こうだとしても」の意味らしい。
 「雖然」なら「にもかかわらず」の意味らしい。
 「高目」が大きい目で、「小目」が小さな目。
 「軈」は「やがて」の意味らしい。
 「惣而」は「総じて」の意味らしい。


一 片おくれの事敵の前四地をとりて外の六地又は五地を取て後ハかけ内目をつかふへし恐へからす


 片おくれとか、「おくれ」にまつわる言葉もちゃんと意味を捉えないとダメかも。
 大おくれなども含めて、専門用語っぽいし。


 
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2014年11月28日

『双六書』・その3

一 我かとうを取て可仕めの事重四四一一六をハ貳つさすへし重二重三をハさし引へし三二四二をハ高目をさして小目を引也此手ハ敵ひかれさる手也引は我ひとりてきおひと成ひかれさるハ敵のすくむ手也一二三一五二五一五三二六五六をハさして引へし重五重六をハ二つ引へし重一をハすへし但敵の筒たる時ハか様二打間敷事敵先筒にして一六を打て二さしたらハ我次に五六を打ハ長クさすへし四六打ハ貳つさすへし六させて幾度も引て被懸終二引合て負二成也敵重六と打六とさゝれハ一に合すへし其外六をハ引つめよ一をハ打立よ手石二つとられたらハおくれを可心懸也


 多分オープニングに近いロールのあれこれ。
 「敵先筒にして一六を打て二さしたらハ我次に五六を打ハ長クさすへし」は、相手が六一を振った後、こちらが五六を振ったら大変だよね……的なことを言ってそう。(「長クさすへし」の正確な意味は不明)

 なお、ここからおそらくだけど、ゾロ目2倍のボーナスはなかったんじゃないかと推測できる。
 というのも、ゾロ目2倍のボーナスがあるなら、一六だけでなく、重六や重三でも、ゴールデンポイント封鎖による六五の悲劇の話をしただろうから。


一 重一すへさる先ニ石の上ならハとて重二すゆること尤吉也


 本当は1ゾロが一番いいのだろうけれど、すでに5ポイントにブロックを作られていたら、2ゾロのほうが良い……という話?


一 我前のそとにくみたる石を重三重四なとゝ内々五地へすゆる事不可有我か石我そと手にくみあわれハ多クて五地の番ニ勝と云へり



一 敵二と引たる時ハ我か片四をさして向へし片二を引合すハ取てきおひになるへし合たらハ我もさしくみて後まても吉也敵の一六重一をすりて打か様にうたされハ筒数に敵のさい多クおつるなり敵三をさし向かへしか様の手ハ始よりおわりまで多ク有へし重一を打てすゆる時我重六打たらハさすへし引ぬかるれハ敵重而かくへし敵二を打て二地をとり我も六と打て四と引合へし敵二と不打共五一四二まても五地に引其外合めあらハ二地二合へし敵一ヲ前に打立たらハ我か遠きはを取へし其外一をハ打立へし六をハ引つめよ一六ならハ引て打立へし敵五地をとらハ六に引合すへし六をとらハ一に合すへし五六五二ハ二つとられたり共我も五をうてはを取へしか様の手は始よりおわりまて多ク有なり


 出目による戦術が描かれてそう……というのはわかった。
 「其外」とか、「引合」とかがよく出てくるんだけど、どういう意味だろうね、これ。


 
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2014年11月27日

『双六書』・その2

 毎日少しずつ書いていったら、数日で全部丸写しできる……と思ってやってみる。

一 行つれの事一二四三三六を打てくむとて初の石を小目の始もとを寄て仕人は人とかむる事有へしはハ先三をこそつかハれ候へと云也惣而此手のみならす何めにても小目の石を取て行高めの石をそろへて仕候へハ行つれにもならすみはも吉也


 ……うむ。わからん。
 「行高めの石をそろへて」あたりは、高くなったスタックを解消して……あたりなのかなあ。


一 石をつかふ事さし引めならハ先さすへし引て入目ならハ先引へしさかりおり先つくへし貳つ引ハ後の石遠へ仕えし入も如此なり


 貳つは「二つ」。


一 手石を取事我か石をつかわさる先ニ取てとりて後我か石を遺事不可有其をハ敵の地石ニて五をハ六と移る也



一 おくれ双六の事我一は取て負ては難義の事也勝負ならハ作不籠して散にわりて散てきへも石を返して敵の前にハ悉くミて餘石を取りあひしらへ返し可打但敵の前にて石二つとらるる様に打へからす


 「おくれ双六」は、ランで負けてる状態か、バックゲームのことだと思う、が確証はなし。後ろに書いてある文がわかれば、逆算して意味がつかめる?

 餘石はおそらく「あまりいし」で、多分「端石」のことでブロット=ぽつん余った一つだけの石(駒)とのことだと思う。



 
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2014年11月25日

超貴重な安土桃山時代の盤双六資料、『双六書』(1583)

 と、タイトルに書きましたが、草場純さんにいただいた資料は「翻刻 双六書」。タイトル通り、「双六書」(1583年)を翻刻したものです。(翻刻者は島居清さん)


 さて、その「双六書」!
 これが実に素晴らしい資料なのです。

 今まで盤双六の資料といえば江戸時代のものがほとんど。それがこの資料は安土桃山時代なのですよ! お陰で見たことがない内容が盛り沢山!


 はじめの方の翻刻を抜き出してみると……。


一 人の打さいをかく事一番のうちに二度かくへからす大切の時一度成へしさいを凡かくもひたりの手にて右の手くひをとらふるように仕御さいみ申候はんとてかくへし

一 我か打さいを人のかく事貴人ならは我か左の手へうつし可渡同程の人ならは左の指を筒へそゆるやうに敵の手に移へしさいを返事筒尻我左へ引やうに番の上へこほすへし

一 双六打時物いわす番の上石かゝらす筒いわ手つきせすわうくせす高あかりせす久あんせす筒久ふらす又てうよはすしかり打せす吉さいふきはらふ石つよくかけす惣而か様の事共人に見おとさるへからす


 などなど……。
 意味がほとんどわからないのはさておき、なんともまあ、今まで読んできた盤双六資料とはまた違った内容がたくさん書かれていそうなのが素晴らしいです!


 番は盤でしょうし、さいはサイコロのことでしょう。筒は筒で、石は駒のこと。
 と考えると、例えば引用した最後の文は、「共人に見落とさるへからず」という内容から、打つときの注意かも、と思えたりします。(古文さっぱりな管理人のことはあまり信用しないように)
 「高あかりせす」は「高(い所の)灯りはダメ」ってこと……?(手が影を作って、イカサマをさせる隙を与えるのはよくないとか?)
 「久あんせす」は、打つときに長考すぎる(久しく案ずる)のはよろしくないとか?


 などなど、いろいろ推理できて楽しいです。
 こういうのが3ページ分ずらりとあり、しかも双六の盤面図も掲載されています。


 正直、現時点で研究はまったく進んでおりません。(いや、資料を送っていただいた草場純さんはすでにいろいろと研究されているのですが)
 ……が、ここに全部引用するのは大変ですので、興味ある方はCiNii論文にありますので、そちらからご利用ください。(手続きは必要かと思いますが、だれでも入手できると思います)


 CiNii論文:翻刻 双六書


 
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