2015年04月25日

雙六手引抄に見る盤双六のルール:出目は全部使わなければならない

 雙六手引抄は素敵です。
 現代でも通用する、昔に書かれたとは思えないすごいポジション解説を見つけられたりするのですが、時折ルールを利用したポジション解説が混ざっていたりします。

 それが次の画像。

雙六手引抄04.png

 【意訳】
 この図で四三、四ゾロを振ったら6地を開ける。(そうしたら六一を振った場合の話だけど、1地の石はヒットされないから)


雙六手引抄05.png

 【意訳】
 この図で五ゾロ、五二、五三を振ったら6地を開ける。(そうしたら六二を振った場合の話だけど、2地の石はヒットされないから)


 つまり。
 出目は全部使わなければならないというのがルールだったと思われます。


 龍谷大学図書館:雙六手引抄


 
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2015年01月12日

『盤双六の遊戯法についての一考察』で書かれた考察

 昨年末、『ゲーミング学研究』(2014年03月)に掲載された『盤双六の遊戯法についての一考察』のコピーを草場さんからいただきました。
 すぐに記事にできればよかったのですが、忙しいを言い訳に今までズルズルと伸ばしてしまいました。すみません。


 さて、その内容なのですが……。
 この『盤双六の遊戯法についての一考察』では、いわゆる「大和」(関連記事:盤双六のルール:大和)こそが日本の当時の主流なルールだったのではないか──と述べられています。


 以下、『盤双六の遊戯法についての一考察』の内容を紹介させていただきます。


■ 「大和」こそが当時遊ばれていたルールだと考える理由

【1】 『仙湖遺稿集』より

 「古法石飾」として、いわゆる「大和」の配置の図が紹介されている。
 「『双六錦嚢抄』を覧るに、其石飾りに於いて既に古代の打ちやうと異なれるを見る。」と書かれている。

 つまり、石飾り=初期配置が、「古代の打ち方」と現代とでは異なっている、と指摘されている。


【2】 16世紀に「明」で書かれた『日本考』より

 「明」の時代の中国で書かれた『日本考』に、日本での双六の石の並べ方は、5個ずつ三ケ所に並べると書かれている。(「双排馬之法各分三一路各排五馬共一十五馬。」)※1


 ※1と書かれてあるようですが、当時日本で書かれた盤双六の書には、「本双六」から最初の2ゾロを動かした図面が紹介されています。この図面はあとで紹介します。


【3】 江戸中期に書かれた『和漢文操』の記述

 「人もあらしもやまとなるすころくの音聞こゆれは」という文の「やまと」に注釈があり、「大和トハ双六ノ石立ナリ。本双六ハ三所ノ間ニ石ヲ五ツ立置キテ十五ノ石ノ早ク入リタル方ヲ勝チトス。大和ハ敵陣ノ一地ニ石ヲ二ツ残シ、其三ヲ我陣ノ外五地ニ立テ、敵ノ六先ヲ留ントシ我陣ノ五地ヲ作ラントス。」と書かれている。

 つまり、『和漢文操』では、今現在知られている「本双六」と「大和」のルールが逆と書かれている。(著者が勘違いした可能性もある、と『盤双六の遊戯法についての一考察』では述べられています)


【4】 『双六手引書并裁物覚』の第一図が「大和」からのゾロ2

図01.jpg

 『双六手引書并裁物覚』の第一図が、「大和」からのムーブになっている。


【5】 『若衆双六遊び図』より
若衆双六遊び図.png
東京国立博物館:若衆双六遊び図

 東京国立博物館に所蔵されている『若衆双六遊び図』(1716-36頃)には、ベアリングオフをしているらしい状況が描かれている。本双六にはベアリングオフはなく、大和にはある以上、これは大和である。 ※2

 なお、この図は盤双六の他の遊び方──「おりは」ではない。
 「おりは」のルールでは、内三地に3つ石を置くことはない。


 ※2 先日書いた記事ですが、当時の本双六にはベアリングオフがあったことがわかりました。なので、この部分は違っていそうです。


 ──以上より、日本で遊ばれていたルールは「大和」だったのでは、と考察されています。


■ 『盤双六の遊戯法についての一考察』を読んだ上での管理人の考え

【A】 概論

 ものすごく素敵な考察でした。
 一般的に言われている「本双六」のルールは、実は違っていたのではないか……。
 こういう大胆な発想は素晴らしいとしか言いようがありません。深く考えないままに、それまで言われている説を踏襲してしまうのが普通ですし。


 では本当に、日本の盤双六は「大和」ルールが中心だったのか……ですが、これは反証が存在します。
 先に少し触れましたが、1679年に書かれた「雙陸手引抄」の図面の初手のゾロ2が、「本双六」の初期配置からのムーブなのです。

雙陸手引抄06.png
 (「雙陸手引抄」の6ページ)

 ただし、「雙陸手引抄」が書かれたのは1679年。
 日本に入ってきた当時、あるいは平安時代のルールは「大和」こそが普通のルールだった……という説には矛盾しません。
 また、時代による区分ではなく地方による区分──つまりある地方では「大和」が、ある地方では「本双六」が遊ばれていたという可能性もあります。(関東と関西だけでなく、各地方でいろいろな文化があるのは当然です。中国とよく情報交換していた場所では「大和」こそが普通のルールだった……という可能性もあります)


【B】 結局、「本双六」と「大和」、どちらを中心に遊ばれていたのか?

 正直、わかりません。
 個人的には、両方共に遊ばれていたんじゃないかと思います。
 現世界でもバックギャモンボードを使った様々な遊びが、世界各地で遊ばれていますし。(時々誤解されるのですが、バックギャモンとして知られるルールは、あくまで日本と欧米を中心に流行しているルールでしかありません。トランプにたくさんの遊び方があるように、バックギャモンボードを使った遊びはたくさんあるのです)


【C】 盤双六の書にバックゲームが多いのは、「大和」も遊ばれていたからでは?

 盤双六の書にはバックゲームのポジション解説が妙に多くでてきます。
 当時「大和」も遊ばれていたと仮定するなら、納得できます。「大和」はバックマンが5枚もあるため、最初からバックゲーム合戦になります。解説ではそれらの図面が増えるのは当然と言えます。

 踏み込んで述べるなら、「大和」は「ナックギャモン」ルールのように、上級者が好んで遊んだルールではないかと推測しています。正直、バックゲームは難しいですし。
 上級者が、「じゃあ今度は「大和」で遊ぼうよ」的なことを言って初心者相手にバックゲームに持ち込んでお金を巻き上げるとかしていたんじゃないかと……。


 
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2013年06月03日

盤双六のサイコロもプレシジョンダイスを目指していた!?

■ 盤双六におけるサイコロもプレシジョンダイスを目指していた?

 時々ヤフオクで盤双六が出品されていないか調べているのですが、この度、面白い盤双六商品が出品されていました。


盤双六b2.jpg


 上記の画像は盤双六に付属している筒とサイコロなのですが、普通のサイコロ以外にも、「正立方体」を目指したとおもわれるサイコロがあります。
 これはもしかすると、盤双六においてもプレシジョンダイスの理念に近いサイコロが導入されていたということであり、それはつまり盤双六が遊ばれていた時代においても「サイコロの偏りをなくして公平な競技を行う」ことが目指されていた証拠だと言えます。


 この商品は現在ヤフオクで出品中。

 ヤフオク:【流】古美術品時代大名道具 蒔絵 盤双六(ばんすごろく)


盤双六b1.jpg


■ もひとつのサンプル

 以上のサイコロがひとつだけだったら、特注品かな……と思えるのですが、なんと!
 他の盤双六にも、綺麗な正立方体のサイコロが添付されていました!


盤双六c2.jpg


 ヤフオク:【☆最高級 象牙駒使用】江戸期蒔絵双六盤 スゴロク


 こちらの盤双六も現在出品中。
 入札者が増えていくと価格が上がっていくかとは思いますが、これら二つの盤双六は現在価格がまだ1000円ちょっと。はっきり言ってお得です。

 筒の綺麗さ、コマの綺麗さ、盤双六そのものの保存状態を考えても1000円スタートの品の中では相当な上物です。
 絶対に落札したい人は、ヤフオクのプレミアムアカウントに入った上で、入札参加するのがいいかもしれません。(初期アカウントだと、4999円までしか入札できなかったりするので)


盤双六c5.jpg

盤双六c3.jpg

盤双六c1.jpg
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2013年02月18日

盤上に残った三日月型の跡から推測する盤双六の賽の振り方

盤双六d.jpg


 次の画像をよく見てほしい。
 盤面に小さな三日月型の跡が沢山ある。

 これ、多分だけれど、木製の筒を盤面に叩きつけた跡……だと思う。
 駒を置く場所より、中央のバーにあたる部分に三日月型の跡が多い。
 駒を避けて振っていたのだと推測。
 
 とは言っても、そういう振り方もあるというだけで、全部が全部そう振られていた訳ではないと思う。
 
 
 追記。
 と書いていたけれど……!
 
 別の盤を見てみたところ、石(駒)の大きさと、三日月のあとの大きさが同じ。
 つまり、パシーンッと石を叩きつけたあとなのかも。
 
 
盤双六da.jpg


 なお、このヤフオクの双六盤、筒も駒もついているので欲しい人は。
 (筒も綺麗だし、駒もきちんと15個残っているのは珍しい)


盤双六dc.jpg

盤双六db.jpg
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2013年01月06日

蒸し勝ちの価値(草場純著「『雙六錦嚢抄』に見る盤雙六のルールと戦略」より)

 草場純さんより「『雙六錦嚢抄』に見る盤雙六のルールと戦略」を頂きました。
 本当にありがとうございます。


 読んでみると、なんというかもう素晴らしすぎる内容!
 盤双六研究をしている人は絶対に読むべしと言いたいくらいです。


 考察をとっぱらって、結論だけを引用するとこんな感じ。

 私は少なくとも中世以降は、蒸し勝ち(シャットアウト勝ち)はギャモン勝ちのように二倍あるいはそれに近い額の賭け金を受け取れたのではないかと、想像する。


 以下、各論を2例。


■ 盤双六ではバックゲームが強い

 草場さんの説は『雙六錦嚢抄』で沢山のバックゲームが紹介されている理由を説明できます。

 ◯もしそうなら、バックゲーム(あえて自分を遅らせ、相手の内陣に陣取って最後に相手を切って逆転を狙う戦略)は、大変有効な戦略となる。なぜなら、これで勝つと「蒸し勝ち」になりやすく、チャンスが巡らずそのまま負けても「入り負け」にしかならない(相手の内陣に陣取っているのだから、相手はシャットアウトできず、蒸し負けにならないから)。だからバックゲームは「勝てば二点、負けても一点」という期待値の高い戦略になる。よって、バックゲームは非常によい戦略であり、この本もその解説に多くのページを割いている。


 バックゲームの方が期待値が高いから、よく使われている、というわけです。
 (参考:『雙六錦嚢抄』におけるバックゲームの割合


■ 「蒸し勝ち」=賭け金二倍が書かれていない理由

 『雙六錦嚢抄』では「蒸し勝ち」を良い勝ち方としているのですが、どこがどう良い勝ち方なのかは書かれていません。
 このことについて、草場さんは、

 (当時、賭け事は)ご禁制であるからには、出版物で言及することはできなかったのだろうと、私は推測する。


 と書かれています。

 納得です。
 麻雀の役満ご祝儀だって、別にルールに書かれているわけではありません。
 同様に、「蒸し勝ち」は、盤雙六で賭けをする人たちの約束事だったと思われます。


■ 他の考察について

 他にも参考になる沢山の考察が書かれているのですが、それらの主要論点をすべて引用するのもどうかと思いますので、このブログではあたりで。

 興味をお持ちの方は、遊技史学会から取り寄せていただくか……、推測ですが国会図書館には収蔵されていると思います。はい。


 
posted by 六郎 at 20:21 | Comment(0) | 遊び方についての研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年11月14日

『雙六錦嚢抄』におけるバックゲームの割合

 『雙六錦嚢抄』に掲載されている盤面図では、どこにポイントを作っているかの割合を抜き出してみた。


 「搦」というのは、連続してポイントを作っているところのこと。
 例えば、三四搦は、三ポイントと四ポイントに連続してポイントを作っていること。

 数字は、何番目の図として掲載されているか。
 先手と後手側にそれぞれポイントがある場合、32a、32bという表記にした。


【全50図中】

 三四搦:01, (一例)
 ニ三四搦:29, (一例)

 内ニ地だけ:10,14,15,17,21,32a,43a,49, (八例)
 内三地だけ:12,19,32b,33,36,37,38,40,43b, (九例)
 内四地だけ:02,22, (ニ例)
 内五地だけ:04,20, (ニ例)
 内六地だけ:31, (一例)

 内ニ地と内四地:05,13,34 (三例)
 内ニ地と内六地:46, (一例)
 内三地と内五地:03,39, (ニ例)

 ポイントなし:06,07,08,09,11,16,18,23,24,25,26,27,28,
 ポイントなし:30,35,41,42,44,45,47,48,50 (二十二例)


 ここからさらに、ポイントごとに抜き出してみる。


【全50図中】

 内一地:なし
 内ニ地:13例
 内三地:13例
 内四地:7例
 内五地:4例


 まとめると、昔の人はニ地と三地を守っているケースが多かったっぽい。
 (バックギャモンで言うなら、ハイアンカーは好まれていなかった?)

 ここの管理人はバックゲームはまだまだ弱いのでなんとも言えないんだけど、盤双六においては、ニ地と三地を守ると強いとされていたんじゃなかろうか。(よく見るケースや強い形のサンプルを掲載するだろうし)


 
posted by 六郎 at 19:28 | Comment(0) | 遊び方についての研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする